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10年の歳月がくれたもの・10

見つけた真理

香港の展示が終わりその数か月後の5月某日、私の両親は避難先での仮住まいを終え、その近くに建てた新しい家に引っ越しました。

私も一人暮らしのアパートを引き払い、その家で数年ぶりに両親と一緒に暮らすことになりました。

震災後4年ほど経って両親の状況がだいぶ落ち着いたことは、無意識に私に影響を与えていたようで、この時期を境にして、私はこれまでのように直接的なテーマとして震災のことを描くことから自然と離れていくようになりました。

その代わりに、自分の女性として今感じることなどをテーマとした作品を描くようになっていきました。

その後、結婚や出産を経て、生活に大きな変化が訪れていきました。

 

私がそのように変化していく中で、富岡町の状況も少しずつ変わっていき、2017年4月には帰還困難区域を除いた避難指示が解除され、2018年4月には町内の小中学校が再開、そして2020年3月にはJR常磐線が全線開通されました。

そして2021年3月現在、相変わらず私の実家のある場所は帰還困難区域のままですが、区域内の除染作業は始まっており、私の実家周辺でもそれが進んでいます。

私が最後に富岡町へ帰ったのは、昨年2020年3月、ちょうど夜ノ森駅が新しくお披露目されるときでした。

このとき見た町の風景は、その前、2017年に一時帰宅したときとだいぶ変わっていました。

既に避難指示が解除されている地域には新しい施設が建設され、沿岸部にある新しい富岡町駅周辺にも沢山のアパートが建っており、新しく町が動き出しているのが感じられました。

そのような新しい変化があるということは、古いものがなくなっていくということでもあり、私が子どもの頃多くの時間を過ごした祖母の家があった商店街周辺は、ほとんどの家が更地になっていましたし、通っていた小学校も取り壊されることになったと知り、町がどんどん私の知る風景ではなくなっていくことに寂しさも感じました。

 

震災の発生が自分の力ではどうすることも出来ないように、故郷の町が変わっていくことも、そこに住んでいない私にはそれを受け入れていくしかないのだと思います。

ただ、その「受け入れる」という行為に対して気が付いたことがあるのです。

 

人として生きていく上で自分の力でどうにかなることなんて、実際にはほとんどないような気がしています。

「自分で何でも思い通りにできる」という思考は、それこそ傲慢な考え方であり、幻想ではないでしょうか。

震災が起きる前の自分は、確かにこのような考え方をしていたと思いますが、この10年で経験したことや、出会った方々との交流を通して、今は全く違った考え方をするようになりました。

それは、自分の身に起きる出来事を思い通りにすることは不可能だけど、その出来事をどのように受け入れるかという、自分自身の物事の解釈の仕方についてだけは、自分で自由に選べるということです。

全ての人にとって時間の流れだけは平等で、その与えられた時間を楽しい気分で過ごすのか、不満を言って過ごすのか、どちらを選ぶかで、人の人生は大きく変わってくることでしょう。

日常で自分の身に起こる不幸と思ってしまうような出来事を、ついつい環境や他人という外部要因のせいにしてしまうのが人の性とは思いますが、それを全く違う受け止め方に変えることが出来るのもまた、人の持っている素晴らしい性質でもあると思います。

それは私が10年間、突然避難者として生きなければならなくなった両親が、故郷への想いをそっと胸の奥にしまいながら、避難先で自分たちなりに創意工夫して、前向きに楽しく暮らしている様子をずっとそばで見続ける中で実感したことであり、それはこの世の真理でもあると思うのです。

 

変わっていくもの 変わらないもの

今回こうして10年間の自分の経験を振り返ってみて、本当に沢山の方々に支えられて今こうして不自由なく暮らせているということを実感し、改めて、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

10年前のあの日の自分が、今こんな風に平穏に生きていることを想像することはできませんでした。

また、震災があったことで出会えた方々や、出来た経験も沢山ありました。

もし震災がなかったらこのようなご縁が結ばれていなかったのかと思うと、人の縁というのは本当に不思議なものだと思うと同時に、これからも大切にしていきたいと思っています。

 

3月11日という節目の日を迎えて、明日からはまた新しい日々が始まります。

10年経ったからといって急に何かが変わるわけではありませんが、ゆっくりと、少しずつ、復興は前に進んでいるのだと思います。

その「復興」というのは、以前の状態に元通りになるということではないのかもしれませんが、あの日傷ついた沢山の人々の心が、少しでも癒されていくことを望みます。

 

東日本大震災後に日本各地で自然災害が発生したり、現在も新型コロナウイルス感染症が世界中の人々に影響を与えていたり、自分の力ではどうしようもない出来事が起き続けています。

社会が大きく変化していく中で、自分の日常生活でも変わらなければならないことが、今後沢山でてくることでしょう。

そんなとき、できるだけそれを前向きに、楽しく受け入れて生きていけるような、自律した人間でありたいと思います。

そして、変わらなくていい自分にとって大切なことは、しっかり心の中に持ち続けながら、今日一日を大事に、穏やかに、健やかに過ごしていきたいと思います。

 

***完***