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10 年の歳月がくれたもの・4

かなたの桜

4月の末に、六本木にあるShonandai MY Galleryで私の初めての個展は予定されていました。
前年の夏にグループ展に参加させていただき、それに引き続いて今度は個展にチャレンジしてみませんかと声を掛けていただいたのです。
夏のグループ展には、福島から親戚や友人、知人が沢山足を運んでくれていたので、私が福島県出身と知っていたギャラリーのオーナーご夫妻は、震災後すぐに心配してメールを下さいました。
私自身のこと、そして福島から来て下さったお客様達の安否を心配する内容でした。
私の地元が避難指示がでている区域だということをお知らせすると、とても驚かれていたようでした。
ちょうど家族が福島県内から避難してくるのを親戚の家で待っている時にそのメールをいただき、そのときの私はとても絵を描く心境にはなれなかったので、来月に予定されている個展をお断りしたいという返信をしました。

このとき私は会期直前にこんなお願いをするのは大変失礼なことだと思うと同時に、こういう事情なのだからきっと承諾してもらえるだろうという考えを持っていました。
しかし、その返事は予想とは違うものでした。
「こんな状況だからこそ展示をしたほうがいい。アートの力を信じて。」
といった内容の返信があり、私は驚きました。
そしてふと震災直後、公衆電話からやっとかかった電話口で、父から言われた言葉を思い出しました。
「お前は自分のやるべきことをやれ」という言葉を。

全てにおいてやる気を失っていた私でしたが、これらのメッセージを受け、心の奥のほうから少しだけ頑張ってみようという気持ちがなんとなく湧いてきました。
今このもやもやとした状況を、自分の絵として描いてみようか。
出来るだけまっすぐ、飾らず、素直に。正直に。

そんなことを考えながら、残り一か月をきっていましたが、また制作を再開することになりました。

そうして出来上がった絵が「かなたの桜」という作品です。

この絵は、近所で買った造花の桜とプラスチックで出来た鳥のオーナメントをモチーフに、無人の町できっと今年も綺麗に咲いているであろう夜ノ森の桜と、壊れることのない幸福の青い鳥のイメージを重ねて描きました。

今私の故郷の町は大変な状況の中にあるけれど、きっといつか必ず復興するという強い想いを、壊れない青い鳥に表しました。

この絵を描き上げたとき、なんともいえない達成感というか、今の自分の心の中をきちんと無駄なく絵にできたような感じがして、それまでとは違う何かを少しだけ掴めたような気がしたのを覚えています。

 

そしてとうとう個展の初日を迎えることになりました。

初日にはオープニングレセプションがあり、私からも一言挨拶をすることになっていました。

話しているうちに感極まって涙が出てきてしまい、うまく話すことが出来ませんでしたが、周りの方々はあたたかく見守ってくれていました。

オーナーご夫妻からもお話があり、今の私の状況やこれが初めての個展だということ、ここからスタートするんだということをお話して下さいました。

作品数も少ないし、期待に添えるようなものが出来たとは到底言えませんでしたが、なんとかこうして初日を迎えられたことに安堵する自分がいました。

会期中はまだまだ大変な中、福島県内からも多くのお客様が来て下さり、たまたま居合わせたお客様同士が知り合いで、お互いの近況報告をしている様子なども見られ、図らずも皆さんの再開の場となれたこともまた嬉しく思いました。

皆さんそれぞれに自分だけの震災の物語を持っており、それをお互いに話すことで心が癒されるような気がしました。

不安や悲しみといったネガティブな感情も、誰かと共有することで自分の中で消化されていくような、そんな感じがしました。

首都圏に住むお客様とも沢山お話することができ、私が原発事故が起きている地域の出身だということを知り、親身に話を聞いて下さったり、励ましの言葉をいただいたりもしました。

東北に縁を持たない方々も、この震災によって皆さん同じように傷ついているように思いました。

 

こうして、私の2011年の3月と4月は過ぎていきました。

 

***5へつづく***